渋谷莉孔とシモミシュランの関係とは?ハワイでの共同生活や失明の真相も調査!

渋谷莉孔とシモミシュランの関係とは?ハワイでの共同生活や失明の真相も調査! 総合格闘家
  1. 渋谷莉孔とシモミシュランの関係とは?ハワイでの共同生活の真相
    1. 結論:二人はハワイの寮で生活を共にした格闘家仲間
    2. シモミシュランとは何者?プロフィールと輝かしい経歴を紹介
    3. 二人がハワイにいた目的は違う?接点は寮生活だけだったのか
    4. 格闘技に対する考え方など共通点はあった?
  2. そもそも渋谷莉孔とは何者?「リアル刃牙」の異名を持つ伝説の格闘家
    1. 渋谷莉孔のwiki風プロフィール(年齢、身長、経歴)
    2. 現在は引退した?ハワイを拠点とする活動状況
    3. なぜ「伝説」と呼ばれる?アウトサイダー時代の衝撃デビュー
    4. AVメーカー就職から格闘家へ転身した異色の経歴
  3. 渋谷莉孔の衝撃的な過去|両目を失明した試合の全貌
    1. 失明の原因はいつの試合?反則「サミング」がきっかけ
    2. 対戦相手は誰だった?ONE Championshipでの試合詳細
    3. 「今日中に失明する」宣告からの緊急帰国と手術
    4. 現在の視力は?失明は治ったのか
  4. 渋谷莉孔と他のキーマンとの関係性
    1. 朝倉海に唯一勝利した伝説の試合内容とは?
    2. 瓜田純士との関係は?同じ中学校出身という噂の真相
    3. ブレイキングダウン登場は瓜田純士の推薦だった?
  5. 渋谷莉孔の戦績とハイライト試合
    1. THE OUTSIDER時代の戦績
    2. ONE Championshipでの戦績
    3. ブレイキングダウン12での結果と今後の参戦可能性
  6. まとめ:渋谷莉孔とシモミシュラン、そして今後の展望

渋谷莉孔とシモミシュランの関係とは?ハワイでの共同生活の真相

結論:二人はハワイの寮で生活を共にした格闘家仲間

格闘技イベント「ブレイキングダウン12」に突如姿を現し、多くの格闘技ファンの注目を集めた渋谷莉孔さん。彼の名前と共に検索されることが多いのが「シモミシュラン」さんです。

この二人の関係について結論からお伝えすると、渋谷莉孔さんとシモミシュランさんは、共に格闘技の道を志し、ハワイで一時期同じ寮で生活を共にした格闘家仲間という関係です。

それぞれが異なる目的でハワイに渡っていましたが、偶然にも同じ屋根の下で暮らし、親交を深めたことが分かっています。二人の間に師弟関係や特別なチームとしてのつながりがあったわけではなく、あくまで同じ時期に海外での厳しいトレーニングに励んだ仲間というのが、最も正確な関係性と言えるでしょう。

この記事では、そんな渋谷莉孔さんとシモミシュランさんの関係性を軸に、それぞれの人物像や経歴、そしてハワイで何をしていたのかを詳しく掘り下げていきます。

シモミシュランとは何者?プロフィールと輝かしい経歴を紹介

まず、渋谷莉孔さんと関係の深いシモミシュランさんとは、一体どのような人物なのでしょうか。シモミシュランさんの本名は下川晃毅(しもかわ こうき)さんといい、甘いマスクで女性ファンも多い人気の総合格闘家です。

1992年5月31日生まれの31歳で、大阪府大阪市の出身です。身長は180cmと長身で、階級はミドル級(71〜84kg)で戦っています。彼の格闘技キャリアは非常に輝かしく、わずか5歳で仮面ライダーに憧れて極真空手の門を叩いたところから始まります。

その才能は早くから開花し、中学生でありながら高校生の部で三重県大会を制覇するという驚異的な記録を持っています。その後も快進撃は続き、2008年には全関西大会で優勝、全国大会で準優勝を果たしました。

翌2009年には日本代表に選出され、世界大会で3位入賞という快挙を成し遂げています。2011年には史上最年少で京都府選手権の無差別級を制するなど、その実力は折り紙付きです。

輝かしい実績を引っ提げてハワイへ格闘技留学し、キックボクシングの試合で勝利を収めるなど、活動の幅を広げています。

二人がハワイにいた目的は違う?接点は寮生活だけだったのか

渋谷莉孔さんとシモミシュランさんの接点は、ハワイの同じ寮で生活していたことですが、そもそも二人はなぜハワイにいたのでしょうか。調査によると、二人がハワイに渡った目的は異なっていたようです。

シモミシュランさんは、「KAKURYU HAWAIIスポンサーシッププログラム」という、日本の才能ある格闘家を世界へ羽ばたかせるための強化選手に選ばれていました。このプログラムの第一期生として、シモミシュランさんはハワイでのトレーニング機会を得たのです。

一方で、渋谷莉孔さんはこのプログラムの選手ではありませんでした。渋谷莉孔さんは、より高いレベルのトレーニング環境を求め、2015年に自らの意志で拠点をハワイに移しています。

つまり、二人はそれぞれ別の目的を持ってハワイの地を踏みましたが、偶然にも同じ寮で生活することになり、そこで出会い、格闘家として切磋琢磨する中で仲を深めていったというのが真相のようです。

二人の直接的な接点は寮生活が主だったようですが、海外で夢を追う者同士、通じ合うものが多くあったことは想像に難くありません。

格闘技に対する考え方など共通点はあった?

異なる目的でハワイに渡った渋谷莉孔さんとシモミシュランさんですが、格闘技に対する真摯な姿勢という大きな共通点がありました。ある情報源では「格闘技に対しての心の構え方が似ている二人」と評されており、共に厳しいトレーニングに明け暮れる日々を送っていました。

渋谷莉孔さんは、後述するように一時は格闘技から離れようとした時期もありましたが、最終的には人生のすべてを格闘技に捧げる覚悟を決め、ハワイに渡っています。シモミシュランさんもまた、幼少期から空手一筋で数々の栄光を掴みながらも、満足することなく新たな挑戦の場としてハワイを選びました。

このように、現状に甘んじることなく、常に高みを目指し続けるストイックな姿勢は、二人に共通する最大のポイントと言えるでしょう。同じ釜の飯を食べ、語り合う中で、お互いの格闘技への情熱や哲学に共感し、刺激し合うことで、単なる同居人以上の強い絆が生まれたと考えられます。

そもそも渋谷莉孔とは何者?「リアル刃牙」の異名を持つ伝説の格闘家

渋谷莉孔のwiki風プロフィール(年齢、身長、経歴)

次に、この記事の主役である渋谷莉孔さんについて詳しく見ていきましょう。渋谷莉孔(しぶや りく)さんは、1985年4月4日生まれの39歳で、日本の男性総合格闘家です。出身地は北海道ですが、後に東京に移り住んでいます。

身長は170cm、体重はフライ級やストロー級で戦うため52.25kgと非常に軽量です。所属は「和術慧舟會HEARTS」を経て、現在はハワイの「グレイシー・テクニクス・ホノルル」に身を置いています。

彼の経歴は非常にユニークで、高校時代は喧嘩に明け暮れる日々を送っていましたが、ひょんなことからジムに通い始めたことで格闘技と出会います。高校を中退した後、一度は格闘技とは無縁のアダルトビデオメーカー「プレステージ」に就職するという異色の経歴の持ち主です。

しかし、格闘技への情熱を断ち切れず、2008年に伝説の不良更生プロジェクト「THE OUTSIDER」で衝撃的なデビューを飾ります。その後、プロ格闘技団体「CAGE FORCE」への入団や、アジア最大級の団体「ONE Championship」への参戦など、国内外でその実力を証明してきました。

現在は引退した?ハワイを拠点とする活動状況

2017年12月の試合を最後に長らくリングから遠ざかっていたため、渋谷莉孔さんには「引退したのではないか」という噂が流れました。しかし、結論から言うと、渋谷莉孔さんは現在も引退しておらず、現役の格闘家として活動を続けています。

彼は現在、生活とトレーニングの拠点をハワイに置いており、「グレイシー・テクニクス・ホノルル」という名門ジムに所属しています。ハワイやアリゾナなどで、世界の強豪たちと共に日々厳しいトレーニングを積んでいるとのことです。

6年以上も試合がなかった理由については、本人が語るには「ただ単に試合が決まらなかったから」だそうです。特に、主戦場としていたONE Championshipの慣れ合いのような雰囲気に嫌気がさし、試合から遠ざかった時期もあったと明かしています。

しかし、彼の闘志の炎は消えておらず、最終的な目標として世界最高峰の舞台であるUFCと契約することを公言しており、「最年長で契約してやる」と強い意気込みを見せています。

なぜ「伝説」と呼ばれる?アウトサイダー時代の衝撃デビュー

渋谷莉孔さんが「伝説の格闘家」と称される由縁は、彼のキャリアの原点である「THE OUTSIDER」での鮮烈なデビューにあります。2008年10月に行われた「THE OUTSIDER 第3戦」で、渋谷莉孔さんは中村啓紀さんと対戦しました。

この試合で彼は、相手に罵声を浴びせながら殴りかかる、試合中に奇声を発するといった、常識外れのファイトスタイルを披露し、見事なKO勝ちを収めました。このあまりにも衝撃的な姿から、人気格闘漫画になぞらえて「リアル刃牙」という異名が付けられました。この試合は、解説者や主催者にも強烈な印象を残しました。

レフェリーを務めた平直行さんは「素質があるゆえに工芸品のように繊細なもろさがある」と彼の才能と危うさを的確に表現し、主催者である前田日明さんは「溶鉱炉のふちにあるダイヤモンドの原石」と最大級の賛辞を送り、後々まで「アウトサイダー選手内で一押しで、ピカイチの選手」と絶賛しています。

このデビュー戦が、渋谷莉孔さんの伝説の始まりとなったのです。

AVメーカー就職から格闘家へ転身した異色の経歴

渋谷莉孔さんのプロフィールの中でも特に異彩を放っているのが、その職歴です。彼は高校を中退した後、知人の紹介でアダルトビデオメーカーである「プレステージ」に就職していました。

格闘家としては極めて珍しいこの経歴は、彼の人生がいかに波乱に満ちたものであったかを物語っています。しかし、会社員として働く中でも格闘技への夢を諦めきれず、知人の紹介で本格的に格闘技のトレーニングを始めます。

そして「THE OUTSIDER」への参戦をきっかけに、彼の人生は大きく変わることになります。当初は勝利を重ねていましたが、負けが続く時期もありました。その悔しさから、渋谷莉孔さんは会社を辞める決意を固め、格闘技一本で生きていく道を選びます。

安定した道を捨て、自らの情熱に従って厳しい格闘技の世界に身を投じたこの決断が、後の「伝説の格闘家」渋谷莉孔さんを形作る重要なターニングポイントとなったのです。

渋谷莉孔の衝撃的な過去|両目を失明した試合の全貌

失明の原因はいつの試合?反則「サミング」がきっかけ

渋谷莉孔さんのキャリアを語る上で避けて通れないのが、両目を失明しかけたという衝撃的な出来事です。この悲劇が起こったのは、2016年1月23日に中国の長沙市で開催された、アジア最大級の総合格闘技団体「ONE Championship」での試合でした。

この試合中に、渋谷莉孔さんは対戦相手から偶発的、あるいは意図的な反則行為である「サミング」を受けてしまいます。サミングとは、ボクシングや総合格闘技で使われる反則の一つで、指で相手の目を突く行為を指し、英語の親指(thumb)が語源とされています。近年ではアイポーク(eye poke)とも呼ばれます。

特にオープンフィンガーグローブを着用する総合格闘技では起こりやすい反則です。このサミングが原因で、渋谷莉孔さんの目に深刻なダメージがもたらされることになりました。

試合直後はアドレナリンが出ていたためか、本人もそれほど重大な異常には気付かなかったようですが、この一撃が彼の格闘家生命を脅かすほどの事態に発展していくのです。

対戦相手は誰だった?ONE Championshipでの試合詳細

渋谷莉孔さんが失明の危機に見舞われた運命の試合は、「ONE WUJIE〜DYNASTY OF CHAMPIONS」と題された大会で行われました。対戦相手は、フィリピン出身のロイ・ドリゲスさんという選手です。

ロイ・ドリゲスさんは、ボクシングで50戦ものキャリアを積んだ後に総合格闘技に転向した実力者で、元WBOスーパーフライ級アジア太平洋チャンピオンという輝かしい経歴を持っていました。

渋谷莉孔さんは、この事実を試合直前に知り、かなり焦りを感じたと後に語っています。試合は5分3ラウンドで行われ、激しい攻防の末、3−0の判定で渋谷莉孔さんが見事に勝利を収めました。

しかし、この勝利の代償はあまりにも大きいものでした。試合の映像を見返しても、組み合う場面が多いため、どの瞬間に決定的なサミングがあったのかを特定するのは困難です。試合後には両者が握手を交わす場面もあり、その時点では事の重大さをお互いに認識していなかった可能性が高いです。

「今日中に失明する」宣告からの緊急帰国と手術

試合から約1ヶ月が経過した2016年2月、渋谷莉孔さんは目の異常をはっきりと自覚するようになります。自分の鼻が普段より大きく見えたり、目の前に黒い虫のようなものが飛んでいるように見える「飛蚊症」のような症状が現れ始めました。

異変を感じた渋谷莉孔さんは、滞在先であったハワイの病院で診察を受けます。そこで告げられたのは、「今日中に失明する」という、あまりにも残酷な宣告でした。事態の深刻さを悟った渋谷莉孔さんは、直ちに日本へ緊急帰国します。

都内の病院で精密検査を受けた結果、診断は両目ともに「網膜剥離」。左目だけでなく、ダメージを受けていないはずの右目にも影響が及んでいたのです。彼はすぐに入院し、2016年2月25日にまず左目の手術を受け、その後右目の手術も行いました。

さらに、両目の白内障水晶体切除手術も受けることになり、合計で3回もの大手術に耐えなければなりませんでした。一時は自身のTwitterで引退を示唆するほど絶望的な状況でしたが、仲間たちの励ましを受け、過酷なリハビリとトレーニングに立ち向かうことを決意します。

現在の視力は?失明は治ったのか

多くのファンが心配する渋谷莉孔さんの現在の目の状態ですが、残念ながら完全に元通りに治ったわけではありません。しかし、奇跡的な回復を見せ、格闘家として復帰を果たしています。

3度の大手術と約1年半に及ぶリハビリを経て、2017年8月には復帰戦のリングに上がりました。この試合は敗れたものの、ほぼ見えない状態で高レベルの選手相手に判定まで持ち込んだ精神力は驚異的です。

そして、その約3ヶ月後となる2017年12月9日の復帰第2戦では、元ONE世界ストロー級チャンピオンであるデェダムロン・ソー・アミュアイシルチョークさんを相手に、見事なギロチンチョークで一本勝ちを収めるという劇的な復活を遂げました。

この試合後のインタビューで、渋谷莉孔さん本人が視力について語っており、その時点で「片目が0.2、もう片方の目が0.02程度まで回復している」と明かしています。

それ以降、試合から遠ざかっているため、現在の正確な視力に関する新しい情報はありませんが、日常生活やトレーニングに支障がないレベルにはあると推測されます。失明という絶望の淵から這い上がってきた彼の存在は、多くの人々に勇気を与えています。

渋谷莉孔と他のキーマンとの関係性

朝倉海に唯一勝利した伝説の試合内容とは?

渋谷莉孔さんの伝説を語る上で欠かせないのが、現RIZINのトップファイターである朝倉海さんとの一戦です。今や日本の格闘技界を代表する存在となった朝倉海さんですが、そのキャリアで数少ない黒星を付けたのが、何を隠そう渋谷莉孔さんなのです。

この歴史的な試合は、2013年4月21日に開催された「THE OUTSIDER 第25戦」の第15試合で行われました。

当時、朝倉海さんは19歳、対する渋谷莉孔さんは26歳でした。試合は2ラウンド制で行われ、1ラウンド目はお互いのパンチが交錯する打撃戦から始まり、その後、渋谷莉孔さんが組み付いてテイクダウンを狙いますが、朝倉海さんがこれを脱出し、ブレイクとなります。

勝負が大きく動いたのは2ラウンド目でした。渋谷莉孔さんがテイクダウンを奪い、チョークスリーパーを狙いますが、これは極めきれません。しかし、その後スタンドの展開で渋谷莉孔さんの強烈なパンチがヒットし、朝倉海さんがダウン。朝倉海さんは驚異的な精神力で立ち上がり、逆に渋谷莉孔さんを倒したところで試合終了のゴングが鳴りました。

結果は判定3−0で、渋谷莉孔さんの完勝。この勝利は、後にチャンピオンとなる朝倉海さんから奪った大金星として、今なお語り継がれています。朝倉海さん自身も「本当に強い選手」「リベンジがしたくて追いかけていた」と語っており、渋谷莉孔さんの実力を高く評価しています。

瓜田純士との関係は?同じ中学校出身という噂の真相

ブレイキングダウン12で渋谷莉孔さんを推薦した人物として注目されたのが、「アウトローのカリスマ」こと瓜田純士さんです。長年ハワイを拠点にしていた渋谷莉孔さんと瓜田純士さんの間にどのような接点があったのか、多くのファンが興味を持っています。

二人の関係を探ると、そのルーツは少年時代にまで遡る可能性が浮上します。渋谷莉孔さんは北海道出身ですが、あるインタビューで自身が通っていた中学校が「東京の新宿大久保の中学校」であると話していました。

一方、瓜田純士さんもまた、同じ新宿区の出身で、不良の世界では有名な存在でした。年代こそ違いますが、二人が同じ中学校の出身である可能性は非常に高く、少なくとも同じ地元で、狭い不良の世界で生きてきた中で、少年時代から何らかの接点があったと考えるのが自然です。

実際に、2019年には瓜田純士さんのYouTubeチャンネルに渋谷莉孔さんが突然登場しており、古くからの知り合いであることが伺えます。地元が同じという強い繋がりが、二人の関係の基盤になっているようです。

ブレイキングダウン登場は瓜田純士の推薦だった?

前述の通り、渋谷莉孔さんがブレイキングダウン12のオーディションに登場したのは、瓜田純士さんの推薦があったからでした。長期間試合から遠ざかっていた渋谷莉孔さんにとって、この登場は日本の格闘技界への再アピールの大きなきっかけとなりました。

オーディションでは、審査員席に座る朝倉海さんに対し、「アメリカで試合決まらなくて、俺、格闘技しかないから。最後に1分でも5分でもいいからやらせてくれないかな?」と、過去に勝利した相手への敬意を払いながらも、真剣な対戦を要求しました。

この背景には、試合がなかなか決まらない旧友の状況を憂慮した瓜田純士さんの計らいがあったのかもしれません。瓜田純士さんは、渋谷莉孔さんの実力が錆びついていないことを誰よりも知っており、ブレイキングダウンという注目度の高い舞台に彼を呼び寄せることで、再びスポットライトを当てる手助けをしたと考えられます。

この出来事は、地元を同じくする二人の長年にわたる友情と信頼関係を象徴するエピソードと言えるでしょう。

渋谷莉孔の戦績とハイライト試合

THE OUTSIDER時代の戦績

渋谷莉孔さんのキャリアの礎を築いたのが、アマチュア格闘技大会「THE OUTSIDER」です。2008年の衝撃的なデビューから2014年まで、彼はこのリングを主戦場としました。公式に記録されているアウトサイダーでの戦績は、13戦8勝3敗2分というものです。

この戦績には、KO勝ちが3つ含まれており、彼の攻撃的なファイトスタイルを物語っています。特筆すべきは、やはり2013年の朝倉海さんに対する判定勝利でしょう。この一戦は、渋谷莉孔さんのアウトサイダー時代における最大のハイライトであり、彼の名前を格闘技ファンに広く知らしめるきっかけとなりました。

アウトサイダーは「不良の更生」をテーマにした大会であり、荒々しいファイトが繰り広げられる中で、渋谷莉孔さんはその特異なキャラクターと確かな実力で、大会を象徴するスター選手の一人として君臨しました。

ONE Championshipでの戦績

プロに転向し、海外に活躍の場を移した渋谷莉孔さんは、アジア最大級の団体「ONE Championship」に参戦します。彼のプロ総合格闘技の通算戦績は9戦7勝2敗とされていますが、その多くがこのONE Championshipでの試合です。

2015年3月には、初参戦でいきなり世界フライ級タイトルマッチに大抜擢されましたが、王者アドリアーノ・モラエスさんに判定で敗れ、王座獲得はなりませんでした。しかし、同年10月にはユージーン・トケーロさんを判定で下し、ONEでの初勝利を飾ります。

そして、前述の通り、2016年1月にはロイ・ドリゲスさんに判定勝ち、失明の危機を乗り越えた後の2017年12月には、元王者デェダムロン・ソー・アミュアイシルチョークさんからギロチンチョークで一本勝ちを収めるという劇的な勝利を挙げています。

世界の強豪が集う厳しい舞台で、タイトルマッチを経験し、元王者を破るなど、確かな実績を残したことは、渋谷莉孔さんの実力が世界レベルであることを証明しています。

ブレイキングダウン12での結果と今後の参戦可能性

2024年6月に開催された「ブレイキングダウン12」のオーディションに登場した渋谷莉孔さんですが、この大会で実際に試合をすることはありませんでした。オーディションでは朝倉海さんへの対戦要求を行いましたが、契約上の問題などから実現には至りませんでした。

そのため、ブレイキングダウンでの試合結果というものはありません。しかし、彼の登場は大きな話題を呼び、今後の参戦への期待感を大いに高めました。本人は「試合が決まらない」ことを理由にブレイキングダウンの舞台に上がったと語っており、戦う場所を求めていることは明らかです。

ブレイキングダウンは1分間という特殊なルールですが、渋谷莉孔さんの持つ爆発的な打撃力や予測不能なファイトスタイルは、このルールに非常にマッチする可能性があります。

今後、彼のコンディションや対戦相手との兼ね合いが整えば、ブレイキングダウンのリングで渋谷莉孔さんの試合が観られる可能性は十分にあると言えるでしょう。

まとめ:渋谷莉孔とシモミシュラン、そして今後の展望

この記事では、渋谷莉孔さんとシモミシュランさんの関係性を中心に、それぞれのプロフィールや経歴、そして渋谷莉孔さんの壮絶な格闘家人生を詳しく解説してきました。二人の関係は、ハワイという異国の地で、同じ格闘技の夢を追いかける中で育まれた、固い絆で結ばれた仲間というものでした。

また、渋谷莉孔さんが「リアル刃牙」の異名を持つに至ったアウトサイダーでの衝撃的なデビュー、AVメーカーからの転職という異色の経歴、そして両目失明という絶望的な危機を乗り越えてきた不屈の精神力についてもご理解いただけたかと思います。

朝倉海さんから勝利を収めた唯一の日本人選手という事実は、彼の類稀なる才能を証明しています。長年の沈黙を破り、ブレイキングダウンの舞台に姿を現した渋谷莉孔さん。その目は、今もなお世界最高峰のUFCを見据えています。

瓜田純士さんという強力な後援者を得て、再び日本の格闘技界でその存在感を示し始めた彼が、今後どのリングで、どのような戦いを見せてくれるのか。シモミシュランさんとの友情、朝倉海さんとの因縁、そして失明を乗り越えた不屈の魂を胸に、渋谷莉孔さんの伝説の第二章が、今まさに始まろうとしています。

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